今思うと、あれは私の人生で今のところ唯一となる浮いた話だったと思います。
当時、私は中学二年生でした。
一年生の頃から読書が好きで、サボりながらも本が読めるかもと思い図書委員会に所属していました。
実際、中学生にもなると本を読む人間と読まない人間ははっきり決まってくるというか、ほとんどいつもの人しか来ないような場所でしたね。
委員会自体も図書室の利用者が少ないので他の委員会より人数が少なく、予定がある場合は無理に優先しなくてもいいという方針だったのでカウンターに座っているのは大体私一人でした。
しかし、二年になると一人の女子が図書委員会に所属してきました。
私の後輩となった彼女は、私と同じように読書家で本を読むためにここに来たのだと言いました。
他にも委員会に入ったものはいたものの、皆部活などを理由にほとんどが幽霊部員ならぬ幽霊委員状態。
気が付けば、彼女と二人並んで本を読んでいる時間が図書室での時間のほとんどになりました。
静かで、私たち以外誰もいない図書室。
私と後輩の手元から響く本をめくる音と、時計の針の音。
そして、彼女のかすかな吐息の音だけの静謐な空間。
それにも慣れたころ、後輩は少しずつ本を読みながら私に話しかけてくるようになりました。
よく読むジャンルのこと、一番面白かった本のこと、逆に一番ひどかった本のこと。
ローテンションに、ぽつりぽつりと続くその会話は今まで誰とした会話よりも自然で、心地のいい時間でした。
そして、彼女との関係に特に動きもないまま気が付けば一年が過ぎていました。
他の三年生はとっくに委員会に顔を出してはいなかったものの、私は受験の必要ない専門学校に入ることにしていたこともあって、二年生の時と変わらずに図書委員の仕事をしていました。
彼女は、最初こそ大丈夫なんですか?なんて聞いてきたものの、結局一年の時と同じように隣で本を読んでいます。
そして、季節が夏になったころにある出来事がありました。
その日は、例年よりもずっと気温が高かったように思えます。
図書室には扇風機はあったもののエアコンはなく、読書をする人もこの暑さなので誰も来ませんでした。
ページが汗で張り付いてめくりずらいし、もう今日は終わりにしようか。
そんなことを後輩に言おうと視線を移した時、今まであまり直視していなかった彼女の姿を見て思わず目を背けました。
彼女の肌には軽く汗が浮いていて、しっとりと張り付くシャツは透け、まだ小さくも確かに主張をする胸を覆うブラジャーが見えていたのです。
不自然に逆方向を向く私。
それに、後輩も気が付いたようでした。
そして、それが自分から目を背けている事にも。
「別に、先輩ならいいんですよ?」
そう、後輩は軽く微笑みます。
私は罰が悪かったものの、そう言われて後輩を直視することもできず、かといって再び読書に戻ることもできず。
後輩の読書の邪魔をしないようにと、腕の力を抜いて天井を見上げていました。
すると、手に何かが触れる感触があったのです。
それは後輩の手でした。
多少汗ばんでいるもののきめ細やかな肌の後輩は、カウンターからは見えない私の手を握ると意味もなく揉んだり、すりすりと手をこすっていました。
最初こそそれを注意しようと思った私も、彼女の意図が分からず何も言えません。
そうこうしているうちに、後輩は口を開きました。
「今日、一年生の子から告白されました。」
それはそれは、めでたいじゃないか。
一瞬そう言いかけますが、後輩の顔がそうではないことを示しているようで、私はただ「そうか」とだけ言いました。
「先輩と付き合っていることにして、断りました。」
次の言葉には面食らったものの、不思議と嫌な気持ちはありません。
いや、むしろ…。
そう思った私と、後輩の気持ちは同じだったのでしょう。
「…いっそ、本当でもいいですか?」
普段彼女が読んでいるほんとに比べて、まるで言葉足らずな告白。
しかし、彼女のその言葉が心地よくて、いつまでも聞いていたくて。
「…いいよ。」
気が付けば私は、そう言って彼女の手を握っていました。
数秒間の沈黙、その後どちらともなく笑いだす私たち二人。
そして、いざ付き合うことを実感してみるといろいろな気持ちが噴出して止まりません。
彼女を愛する気持ち、彼女に劣情を抱く気持ち、本でしか見ない大人の行為への好奇心。
「先生は会議だし、しばらくは誰も来ませんよね。」
そう彼女に言われるままに、私たちは図書室の鍵を閉めると外からは見えない準備室へ入りました。
彼女の肌は色白なものの、この時は薄く紅潮していたのを今でも覚えています。
初めて見る、女性の裸。
それは、彼女も同様だったのでしょうが、後輩はどちらかといえば好奇心が勝っているのか周囲をぐるりと回りながら私のいたるところをじろじろと見ていました。
そんな彼女に気恥しさもあり、彼女の肩を抱きとめると慣れない動きでそっとキスをしました。
慣れないながらも、互いにどこがいいのかを教えあいながらの行為。
おそらく、このとき交わした言葉は今までよりもずっと多かったことでしょう。
初めての挿入、そして初めての絶頂。
当然同じタイミングとはいかなかったものの、互いに何とか満足のいく行為ができたと思います。
そして、その余韻に浸っていると図書室の外から声がしました。
それは、委員会の担当の先生の声でした。
私は慌てて時間を確認しましたが、もうとっくに会議は終わっている時間です。
とりあえずハンカチやなんかで軽く体を拭いて、衣服を整えた私は後輩に先んじて準備室を出ました。
その後は先生に準備室の整理をしていた、誰も来ないだろうから作業に集中するために鍵をかけたなんて言い訳をして何とかごまかしました。
とはいえ、さすがに図書室ではやってはいけないと後輩と二人で反省しましたがね。
あれから数年、現在も後輩とは付き合っているものの、あれ以来図書室ではしたことはありません。