「きっかけは恐怖体験から」
私の父はもう定年しましたが国家公務員でした。
父の仕事の関係で約3年に1度は引っ越し。
そのたびに学校も変わり、幼稚園・小学校・中学校は2校ずつ通いました。
大規模な団地にいつも暮らしていて、両親は共働き。
いわゆる「鍵っ子」でした。
私が小学校2年生のある日、帰りの会で担任の先生から「変なおじさん」が目撃されているから気をつけて帰るように指示がありました。
集団下校できるのが団地っ子の強み。
私はいつも登下校や遊びを共にする団地も学校も同じ友達が3人いました。
いつも4人で仲良く遊んでいたので、その日も一緒に帰りました。
しかしながら、数十棟からなる団地群。
私の団地は一番学校に近いため、団地の敷地に入った私はいつも最初に帰宅していました。
その日も普通に友達と別れて自分の棟に向かうと、階段の入口に黒のロングコートに帽子という長身の男性がこちらに背を向けて立っていました。
私は一瞬怖いなと思いましたが、そこを通らないと階段を上がれない為、意を決して「失礼しまーす」と言い、その男の人の横をすり抜けて階段を上がろうとしました。
数段上がった時、スカートを履いていた私に何かが触れる感触がありました。
振り向くとその男性が片手で私のスカートに手を入れてブルマの上から私の陰部を触っていました。
私は何が起こっているのか分からず、階段を上がりかけた態勢のまま硬直してしまいました。
よく見ると男性は私に触れていないもう一方の手で、自分のズボンのチャックをあけて陰部に触れていました。
小学校低学年では、性行為に関する知識は全くなく、父の陰部を見たり触ったりしたことはありますが、男性が何をしたがっているのか私には分かりませんでした。
しばらく私はじーっとしていると、男性は私に触れる手と自分の陰部をさする手を速めていき、呼吸を荒げると階段に白い液体を出しました。
私はそれを見たのは初めてでしたので、牛乳かな?と思いました。男性は牛乳を沢山飲むとおしっこに牛乳が出るんだと思っていました。
男性はふーっと息を吐くと、「良い子だね」と言い私の頭を撫でると陰部をしまってチャックをあげ去っていきました。
私は金縛りが解けたかのように一目散に家に向かって駆け上がりました。
その日はあまり記憶がなく、イケないことをされてしまったんだという事だけ理解し、家族のだれにも言えず布団に入って震えていました。
「気づいたら自分で触れていた」
いつから始まったのかは分かりませんが、先程の出来事のあと部屋で勉強をしているときなどに、気づいたらブルマの上から陰部をいじるようになっていました。
これが何かは分かりませんでしたが、きつめのブルマの圧迫感が程よく、陰部の上から強めに押すと気持ちよさが込み上げてくるのを感じました。
強すぎるとブルマの反発で手がはじかれ、何も感じなくなるので、また強めに触れるというのを繰り返すと、頭がぼーっとして気持ちよくなる事だけは分かりました。
気づくと、母が私と姉が眠ったかどうかを確認しに来た後に、お布団でうつぶせになり、下着の中に手を入れて直接いじるようになっていました。
母は当時銀行員。
父は国家公務員というお堅い家系で、ドラマなどでキスシーンが出ただけでもチャンネルを変えるような母でした。
その上、引っ越しが多く周りにこういった話を聞けるような大人がいなかったことから、私はイケないこととは思いながらもやめることはできませんでした。
「バレる」
ある日、いつものように下着に手を入れて絶頂を迎えた私は、普段は指と陰部をティッシュで拭き取り眠るのですが、そのまま眠ってしまいました。
いつものように母が起こしに来ると「あんた何やってるの!」と怒鳴り声。
慌てて目を覚ますと、寝相の悪い私は仰向けになっており、はだけた布団から下着に手を入れて寝ているのを見られていました。
「そんなところに手を入れるんじゃない!汚いからしっかり手を洗いなさい!」と母は怒鳴ると、子供部屋のドアをバタンと閉めて去っていきました。
気まずさと怒られるのかなといううんざり感からそーっと食卓につくと、まるでその話には触れたくないかのように母はその件については一切触れませんでした。
この一件から私は、家ではほとんどしなくなりました。
その代りに、学校の授業中や休み時間のトイレで、ブルマの上からするようになりました。
私は少しずり下がったように座りながら、スカートの下から手を入れると先生から見えるので、ウェストから手を入れてブルマの上からいじるようになりました。
先生にはバレていない自信はありましたし、さほど悪い事とも思ってはいませんでした。
ある日の放課後、気の強い女子のグループのリーダーの子が、普段は私をバカにしたりして、話しかけてくるようなことはなかったのに、帰ろうとする私のそばに寄ってきて話しかけてきました。
「ねぇ、おちんちん触って気持ちいいの?」と。
その言葉を聞いた時、また硬直をしてしまいましたが、「何のこと?」というのが精いっぱいで走って帰宅したのを今でもはっきりと覚えています。
中学2年生を過ぎたあたりからその辺の知識が増えたことは覚えていますが、今から思うと恥ずかしい体験でしたね。