間もなく夏休みを迎えようかとする7月。
暑くてだるい4限目の数学の時間。
身の入らない僕にとっては,早く終わらないかと空虚な時間を過ごしていた。
4限目ということもあり空腹感も僕の頭を支配する。
残り10分ほどで終わるというそわそわした時間に,左隣の女子生徒から肩を叩かれて「相談に乗ってほしいことがある」と突然言われた。
言った後,その彼女はポロポロと大粒の涙を流し出した。
びっくりした僕は慌てふためいてまわりを見渡したが,気づいた者はいないようだ。
小声で「昼休みに」と返すのが精一杯だった。
彼女は,僕の基準では可愛い娘に分類できるが,隣にいながらロクに口も利いたこともなかった。
弓道部に所属していて,ランニングする姿を見かけたことがある程度の情報量であった。
いつもは悪友どもと一緒に昼の弁当を食べていたが,今日は一人で急いで食べた。
隣では彼女も弁当を広げて食べていた。
何となく喉を通らない様子が伺えた。
そして食べ終えて弁当箱を片付けだすと,彼女も食べ残っていたが弁当箱を一緒に片付けた。
言葉は一切なく,僕が立ち上がると彼女も立ち上がる。
僕が廊下へ出ると彼女も廊下へ。
目的もなく歩き出すと僕の後をついてきた。
この高校は定時制の校舎があり,夕方まで使っていない。
打合せしたかのように二人ともその方向に足を進めた。
誰も来ないだろうと思う場所に来て,僕は「どうしたん?何があったん?」と口を開いた。
彼女の悩みを要約すると「好きな人がいるけど彼の気持ちが分からない。私の方から告白し,彼も同じだと言ってくれた。しかし付き合うまでには発展しなかった。ところが数日して,彼の右腕には女の子の腕時計があった。」ということであった。
言い終えるとまた大粒の涙を流し出した。
正直言って,女の子から相談を受けたことも初体験。
ましてや目の前で泣き出す女の子も初めて。
僕は途方に暮れた。
彼とは誰で何組なのか尋ねても貝のように口をつぐむ。
内心「全く情報のない相談をされてもな。どうしろと言うのか」という思いで一杯だった。
時間はあっという間に過ぎた。
「本人に意思確認するしかないんじゃねぇ」と言ってその日は終わった。
翌日,何と彼女の右腕には男物の腕時計が光っていた。
僕は唖然とした。
好きな彼の時計らしい。
目が丸くなるとはこのことだと初体験。
昨日の相談は何だったのかという思いで,放課後,僕の方から声をかけた。
「なんか進展があったの?」と尋ねると,嬉しそうに「腕時計交換した」と言う。
「そう,良かったやん。」と内心不満であったが,笑った顔で返事を返した。
この些細な出来事も僕は忘れて前の生活に戻った。
相変わらず悪友とつるんで楽しい日々を送っていた。
その間,彼女のことが気にならなかったと言えば嘘になる。
夏休み前,再び彼女から相談があった。
その時に初めて何組の誰かということを彼女は打ち明けてくれた。
全くの接点もなく話もしたことのない奴だった。
やはり煮え切らない彼の言動らしい。
それを聞いて僕は思い切って「そんな奴止めて,俺と附き合わん?」と告った。
彼女は一瞬面くらった顔をしたが,何と頷いてくれた。
この日から僕の青春は一気に開花した。
後は自然な流れでこの恋が進展していく。
いつしか手を繋ぎ,唇を重ねるには時間がかからなかった。
初体験も自然であった。
が,心臓はバクバク。
今にも破裂して死んでしまうのではないかと思った。
その心を悟られないように一生懸命だった。
キスしたときは彼女の興奮度もいつもと違う。
そして結ばれた。
一瞬で終わった。
彼女の気持ちを考える余裕などなかった。
数か月後にこの初恋は終わった。