『サウナという名の秘密部屋』
僕はサウナが大好きで、休日ともなると、よくいろいろなサウナを見つけては、足を運んでいます。
現代風のモダンな温浴施設も好きですが、昔からあるような、ちょっとウラぶれた雰囲気のサウナも気に入っています。
いや、「気に入っている」というよりも「気に入っていた」という方が正しいかもしれません。
少なくとも、あの忌まわしいできごとが起きる前までは――。
それは僕が20代最後の春を迎えたばかりの日曜日のこと。
ふだんはあまり足を運ばない飲み屋街の雑居ビルの地下にあるサウナへ行ってみることにしました。
まだ早い時間ということもあってか、驚いたことにお客さんは誰もいなくて、僕はサウナルームをひとりじめすることができました。
「これは貸切状態だ」と思っていたところ、ほどなくして、ひとりの中年の親父さんが入ってきました。
どこかの居酒屋の大将という感じの方で、鼻歌を歌いながら僕と同じ空間に居座りました。
ちょっと緊張気味になりながらも、僕自身、久しぶりのサウナを満喫していると、その親父さんが僕のそばへ寄ってきて、「おなか」とささやきながら、僕のおなかにタッチしてきました。
さすがにギョッとして、僕は後ずさりしようと思いましたが、いかんせんサウナルームという狭い空間のこと、逃げ場がありません。
すると、今度は「おちち」と言って、僕の胸をタッチしてくる親父さん。
そこには物欲しそうな表情が浮かんでいました。
「えっ、いや‥‥あの」と、しどろもどろの僕に親父さんは迫り出してきました。
今振り返ってみると、はっきり「やめてください」と応えなかった僕がいけなかったのだと思います。
「ふふふ、お・し・り」という言葉を皮切りに、その親父さんは猛獣のように、僕の体にのしかかってきました。
とにかく熱くて、重たくて、僕は親父さんのなすがまま。
「そこだけはやめてほしい」という声すら発することができず、僕は室温90度の密室で生まれて初めての体験をさせられました。
『快感を求めてさまよう日々』
「あのサウナにだけは二度と行くまい」と心に誓っていた僕ですが、やがて刺激がほしくて夜も眠れなくなり、街をさまようにしながら、結局そのサウナへ通うようになりました。
なるべく他のお客さんが来ない時間を狙って、幾度となく通いつめていると、またあの親父さんが現れました。
ちょっと照れて、僕が頬を赤らめていると、親父さんは「おなか」とささやいて、僕の体を求めてきました。
あのときと同じ物欲しそうな顔を見て、僕のあそこは勃起してしまいました。
すぐさま僕は覚悟を決め、親父さんの腕の中で自分のすべてを預けました。
「はぁはぁ」という荒い息だけが聞こえる閉ざされた空間。
そこで僕は熱くて、重たくて、息が苦しくなるような時間を楽しみました。
「誰かに見られたら恥ずかしい」「お願いだから誰も来ないで」と念じている「私」がそこにはいました。
あまりの快感に、僕は「超絶」の二文字がつくようなエクスタシーを覚えていました。
『親父さんの「女」になった僕』
それ以来、僕は親父さんの「女」として、親父さんに奉仕を続けました。
サウナだけでなく、閉店後の親父さんのお店のお座敷や、ときにはラブホテルで、行為を繰り返しました。
「私のおしりに入れて」。
そう懇願すると、親父さんはいつも優しく、激しく、僕の体を満たしてくれました。
やがて親父さんと会うときに限り、僕はウィッグをつけて、お化粧をして、スカートをはいて、一瞬見ただけではわからないような女装を決め込むようになりました。
源氏名というわけではありませんが、親父さんと一緒のときは、名前も「由美」と呼んでもらうことにしました。
「由美、由美」と呼ばれながら、親父さんに愛されているときは、全身が感動で震えてしまいます。
『夢は親父さんのお店の女将になること』
僕の夢は、親父さんのお店の女将になることです。
その夢を叶えるためには、乗り越えなければいけない難題が山のようにありますが、親父さんはいつも優しく、僕の夢を後押ししてくれます。
ふだんの僕は、ごく平凡なサラリーマンですが、週末だけは親父さんの「由美」に変わります。
「どちらが本当の自分なんだろう」と思い悩んだこともありますが、今の僕にとっては「由美」として生きる方がきっと幸せだと確信しています。
すぐには無理ですが、まだ若く、体力のあるうちに、性別を転換するための手順も踏みたいと考えています。
世間から「女」として認められ、親父さんのお店の女将として君臨できる日を夢見て‥‥。
女将になったあかつきには、花柄のお着物なんかも似合うかしらねえ。
例のサウナに行くときは、いつも親父さんと一緒なので問題ないのですが、ひとりでブラッと他のサウナへ出かけるときは、つい迷ってしまいます。
「あれ、私って男かしら? それとも女‥‥」。
あの狭い密室で迫られて、「僕」が「私」になった日のことが鮮明に思い出されます。