『クラスでカンチョウが流行りだした』
あれは僕が小学4年生の時でした。
授業で先生から江戸時代の武士は無礼を働かれると斬捨御免と言い相手を切り殺す権利があったことを習いました。
武士すげーと思いました。
翌日クラスのムードメーカー的な中村君がクラスのいじめられっ子の山口君に斬捨御免をかましました。
それは授業も終わり掃除時間中でした。
山口君はその時黒板を掃除していたところに中村君がこっそりと後ろから忍び寄ったかと思えば「斬捨御免」と大きい声で言いながら山口君に思いっきりカンチョウをしました。
山口君はカンチョウされた瞬間「ウッ」と言うと背筋を急に伸ばし黒板けしを落としました。
それを見ていた何人かのクラスメートは大笑いし始めました。
中村君はカンチョウが上手く決まった事がわかると指を抜き去りその場を華麗に離れていました。
山口君はお尻が痛くなったようで片手で肛門のあたりを抑えながらこちらを振り返り誰がしたのか探している様でした。
山口君の顔を見ると苦悶の表情で目からは涙が流れてました。
それを見たクラスメートたちは笑ってました。
その件があって以来僕のクラスの男子達の間で斬捨御免のカンチョウが大流行りしました。
休息時間が来るとカンチョウ合戦が始まりました。
隙ができているクラスメートの男子がいるとどこからともなくカンチョウをやりに行くものが現れて「斬捨御免」と大きい声で言いながらカンチョウををかましてました。
そしてやられた相手を見ては大笑いしてました。
僕もうっかり隙を作ってしまい何回か友達からカンチョウをかまされました。
カンチョウされまいと椅子に座ったままでいたり壁にお尻を付けていたりしてカンチョウを回避しながらの学校生活はなかなか大変でした。
しばらくすると皆カンチョウ回避術が上手くなってきて以前のようにカンチョウが綺麗に決まらないようになっていました。
そうするとチームプレイをしてくるものが現れ始めました。
一人がターゲットを引き離している隙に仲間がカンチョウをかましました。
チームプレイが加わり一気にカンチョウ合戦が盛り上がりました。
その後カンチョウのやり方にもバリエーションができました。
特に破壊力があったのがドリルカンチョウでした。
それは1度カンチョウした後指を引き抜かず工事現場のドリルのごとく「ドドドド」と追い打ちで連続でカンチョウするものでした。
『教育実習で女の先生が来た』
斬捨御免が流行りだして3週間が過ぎたころ教育実習で大学生がやってきました。
教育実習の先生の1人は僕らのクラスに割り当てられました。
吉田恵子という女の先生でした。
吉田先生はベリーショートの髪型で日焼けもしていてかなりボーイッシュ感じでした。
先生は気さくな性格でよく生徒とおしゃべりしてました。
吉田先生が来た日の昼休みになるとクラスのムードメーカー的な中村君が「吉田先生に斬捨御免しようぜ」と言い出し阿弥陀くじで仕掛け人を決めることになりました。
運悪く仕掛け人は僕になってしまいました。
すごく嫌でしたがここで断ると仲間外れにされると思いテンションを上げてやることにしました。
先生の隙をどう作るか考えていると友達が図書室に先生が呼んでいるといいおびき寄せる案を出しました。
僕はクラスメート数人と吉田先生を呼びに行きました。
図書室は4階にありました。
僕たちは一緒に図書館に向かいました。
僕は1番後ろからついていきました。
クラスメートたちは吉田先生とおしゃべりして何も警戒させないようにしてくれてました。
階段を上がり始めると中村君がやるように合図を送ってきました。
僕はタイミングを計ってお尻を凝視してました。
しかしスカートが邪魔で目標が定まりませんでした。
そうこうしているうちに4階まで来てました。
そして図書室のドアを開けるため皆が立ち留まりました。
『カンチョウが処女膜にきまった』
スカートが邪魔で肛門の位置が定まりませんでした。
しかしここしかチャンスがなかったので先生の後ろにひざまずくとダメもとでスカートの中に直接カンチョウを繰り出しました。
僕は「斬捨御免」と大きい声を出しカンチョウしました。
場所がわからなかったのでドリルカンチョウで5度、6度と突き刺しました。
その瞬間「キャー」と先生は叫び飛び上がるしぐさをしました。
僕も驚いて指を引き抜き後ろに下がりました。
先生はおしりを抑えてました。
先生は痛がりながら後ろを振り向き犯人捜しを始めました。
僕は知らんふりをしてましたが。
僕だとすぐにばれました。
そして先生は僕にびんたをしてきて猛烈に怒り始めました。
僕は先生の手を防ごうと手を出したとき一指し指にべったり血がついているのに気づきました。
騒ぎに気付いた他の先生がやってきて吉田先生と話し始めました。
吉田先生は保健室に連れていかれました。
それから担任の先生が来て僕らは会議室に連れていかれて尋問されながらひどく怒られました。
翌日から吉田先生は学校に来ませんでした。
その日道徳の時間に急に性教育の授業が行われました。
僕はその時女にはマンコの穴があることを知りました。
そして先生の話から僕はカンチョウで吉田先生の処女膜をやぶってしまったんだとわかりました。
当然このことは親にも知られ親と一緒に吉田先生の家に謝りに行きました。
僕は何度も誤り許してもらえました。
それから学校ではカンチョウが禁止になりました。