・開花は人より遅かった?
はじめて自慰行為をしたのは中学一年生の頃です。
未だに同級生たちがどういった性生活を送っていたのか存じ上げませんし、もう三十歳を超えた今、今更主婦友達と昔の性生活の話なんて大っぴらにできる訳もありません。
色々な雑誌等によると、かなり年少の頃から自慰行為まがいの行為を無意識にしていた、という人も多くいるようです。
ただ、少なくとも私はそのような無自覚的自慰行為はした経験がありませんでしたし、はじめての自慰は、明確に快楽の獲得を目的としたものでした。
中学一年生のとき、お風呂の中でのことです。
・してみたくてたまらなかった
小学生の頃と違って、中学生になると思春期真っ盛りの男子たち(しかも性欲を隠そうとしない)の存在が当たり前の存在になります。
自分自身と言えば、初潮を迎えるなどのからだの変化は小学生高学年の頃にあったものの、えっちな方向に頭まで向くということはありませんでした。
しかし、日常的に男子たちがエロ本(今はスマホがあるから秘匿性が高いのかもしれませんが、当時は学校でエロ本の交換などが当たり前のようにされていました)をそこらにほったらかしにしますし、挙げ句の果てには「〇〇のおっぱいやばい」「××と△△ヤったらしい」といった会話が縦横無尽に飛び交う始末。
そちらの方に関心が向かないはずがありません。
興味が向きはじめたら最後、女子の好奇心を侮ってはいけません。
あれやこれやと想像をめぐらし、入浴時には鏡で自分の身体を隅々まで観察しては、日に日に膨らんでゆく乳房とどんどん濃くなるやわらかな陰毛が、どのようにして男子たちの語る快楽的るつぼに繋がるのかを妄想する毎日でした。
・まずは左のおっぱいから
中学生男子のエロ話なんていうのは今思えばかなり低俗なもので、どうしてもその会話の中心は「胸」でした。
結果、私の興味の中心もどちらかと言えばおっぱいにあり、はじめての自慰行為の際、快楽の気付きは乳首への刺激でした。
その日は、そろそろ生理がきそうな頃合いで、胸が張って痛みを伴うような時期でした。
成長期というだけではなく、頭の中がピンク一色だったのでおっぱいの発育がとてもよく、生理前はかなりの痛みを伴っていました。
生理になってしまうと湯舟にはつからない派の私は、生理前には全身浴をこれでもかと味わうことにしています。
少し熱めの湯に浸かりながら、特に何も考えるでもなく、肩あたりにお湯をかけるように自分の素肌をやわらかく撫でながらも、自分の目線から見て、乳首の位置が随分と違うことに気付きました。
張っているからというのもありますし、本当にいっぱいがどんどん大きくなっていたので…
そして、張っているおっぱいに触れました。
右手で、左の乳房をさすったとき、生理前の痛みの中に、いつもとは違う、少しピリピリとした感覚が迸りました。
今となっては自慰行為をかなり上手に行うことができますので、自分の乳房が感じる手捌きを熟知していますが、当時の私は未踏の地を行くわけですから、右手で左の乳房を懸命に揉みしだきました。
力を入れれば入れる程、生理前の張り・痛みがどんどん強くなり、でもその中にどんどんと何かこう、ドキドキする感覚が芽生えてゆくのです。
不思議と体温も高まりますし、熱い湯舟の中で、お湯と身体が一体化するような感覚になったのを覚えています。
気付けば、両手で、それぞれのおっぱいを懸命に揉んでいました。
乳首への刺激ははじめての自慰行為の際、一切していません。
しかし、乳房へのかなりの圧力をかけていたので、先端部分の感覚もどんどんなくなっていました。
このときに乳首を刺激していたらどれだけの感覚を得られたのだろう…と今になっては少し勿体なく思います。
・下半身への衝撃は突然に
満足ゆくまで(飽きるまで?)胸を揉みまくった私は、ふと我に返ってさっさと身体を洗ってしまわなければという考えにいたり、浴槽から洗い場へ。
この段階で、ようやく自分の下半身がかなりの熱を帯びていることに気付きました。
いつもよりもどこか内太もものあたり?がぞくぞくして、軽いだるみがあるような感覚になったのです。
「生理になったのか?」と思ったのは本当です。
無条件に、自分の手を、股のあたりにやってしまい、触れてしまいました。
驚きました。
驚きと同時に、本当に初体験の刺激が身体を走りました。
刺激の元を確認すると自分の身体からぬめり気のある液体(でも、赤くない。)が出てきているのですし、少し触るだけで、もう二度と手を放してはいけないような強迫観念にかられるような、そういった魅惑的な触感が身体を襲ったのです。
この後の思考プロセスは一切記憶にありませんが、そのまま私はシャワーを出したまま、湯舟の中へと再び身を投じました。
右手で入り口周辺を撫でまわし、湯舟の中のはずなのに、自分の右手は身体からどんどん出てくるぬめり気のある液体を感じながら、どんどん力を強くしてこすり続けていました。
指を入れるという発想には至りませんでした。
ただ、クリあたりが敏感であることを次第に学習した右手が、お股あたりを撫で続けたのです。
本能的に、外から音(何の音でしょう?声が出ていたのでしょうか?記憶にありません…)を聞かれるといけないと思ったのでしょう。
シャワーが浴室を叩く音が私を安心させてくれていました。
・総括
結局「いく」という感覚を得られることもなく、指を入れてみるでもなく、そして、乳首に触れるでもなく、私のはじめての自慰行為はいわば中途半端なものとして終わりを告げることになりました。
ただ、自分の身体に今まで予想もしたことのない快楽の可能性が詰まっていることに、心より驚き、少しだけ怖かったのを記憶しています。
怖かったのにやめられない、またやってみたい。
そういった間隙の中、定期的に浴槽の中で自慰行為をするようになります。
初体験がこのような形のため、私は今でも自慰行為は浴槽で行いますし、しっかりとクリ派です。
性交時のみしか、膣内の刺激を得られる機会はありません。
ちなみに、はじめての自慰行為の時、自宅には誰もいませんでした。
両親は仕事で帰りが遅く、兄弟姉妹もおりませんので、気兼ねなく行えたはずなのです。
それでも、シャワーの音を出して、どこか安心する空間を作らなければと感じたのでしょう、性的本能の不思議を垣間見たように思います。