○はじめに
おれは今28歳です。
おれの初体験は大学3年の夏休み。
もしかすると、はたから見ると、それは初体験じゃないと言われるかもしれない。
でも、おれにとっては大事な大事な初体験の思い出なんです。
○コーラス部のこと
おれは地方の高校を出て、別の県の4年制大学に入学しました。
大学ではコーラス部に入部しました。
高校では剣道をやってたんですけど、大学に入ってまで運動部をやりたいとは思わなかったです。
おれはかなりの音痴なんで、ちょっとでも音痴が治れば、という気持ちもありました。
それから、想像がつくと思いますけど、コーラス部は混声合唱をやっているので、半分は女子。
要はスケベ心いっぱいで入部したということです。
その大学のコーラス部は総勢70人ほどでした。
幽霊部員もいて、いつも練習に来るのが40人ほどだったかな。
おれと同学年の仲間が20人いました。
女子はちょうど半分の10人。その中に、三島茜(仮名)がいました。
○三島茜(仮名)のこと
かわいかったですね。
小柄な体で、ショートヘアで、目がくりくりっとしていて。
別に惚れたひいき目じゃないです。
おれら同学年の男子がみんなかわいいって言ってましたから。
うわさでは同じ高校のときの彼氏がいるということでした。別の大学へ行っているんだとか。
おれなんか、それを聞いてあきらめた口です。
あきらめずにアタックした奴もいました。もちろん撃沈でした。
おれを含めて同学年の男子みんなが笑いました。
でも、今はわかります。
どうせだめだからと指をくわえていただけの男子より、ダメモトでアタックしたやつのほうが何倍もえらかったと。
宝くじと同じです。アタックしなかったやつにはチャンスはゼロですが、アタックしたやつには、どんなに小さいかもしれないけど、ゼロではないチャンスがあったんですから。
実際、どういういきさつがあったかわかりませんが、いつの間にか、三島茜はコーラス部の3年次の先輩とつき合うようになっていたんです。
その先輩の名前を仮に太田聡としておきましょうか。
茜と太田先輩が並んで歩く姿を目にして、おれは溜息をついたものでした。
○こんなことが
こんなことがありました。
ある夜、コーラス部の練習が終わって、いったんアパートへ帰ったんですが、忘れものをとりに教育学部の建物へもどりました。
その帰りに、学部の裏の林を通っていこうとしました。
そのほうが近道だったんです。
夜の10時近かったでしょうか。
途中、木陰に人がいるのがわかって、身を隠しました。
茜でした。
太田先輩といっしょでした。ふたりは抱きあっていました。
静かな夜で、茜のものでしょう、吐息が聞こえてきました。
ハアァーッ、と。
ひどく艶めかしく甘い吐息でした。
切なかったです。
同時に、おれのモノは勃起していました。
最低の人間ですね。
好きな女の子が別の男といちゃついているのを見て勃起だなんて。
おれはそおっとその場を離れました。
○茜がフラれたので
おれたちはみんな順調に進級していきました。
太田先輩は4年次になり東京の会社に就職が決まりました。
よく年、太田先輩が卒業していき、ゴールデンウィークのころでした。
茜がフラれたという話を聞きました。
太田先輩は東京の会社に入ってすぐに別の女と親しくなり、茜を捨てたのでした。
茜はコーラスの練習に出てこなくなりました。
しばらくして、たまたま町で彼女に出会いました。
おれは思いきって、彼女を公園へ連れて行き、告白しました。
「ごめんなさい。今はとてもそんなこと考えられないの」と言われました。
おれは粘りました。
「今はいいよ。おれ、待っているから。もし……もしもだよ、ちょっとでも気が向いて、お友だちとしてでもいいから、おれとおしゃべりしてみたい、と思ったら、連絡くれよ」
おれは茜にメールアドレスを教えました。
そのころLINEはまだなかったんです。
○夏の経験
それからふた月ほどして、8月の初めでした。
夏休みに入ってしばらくしてのことでした。
茜からメールが入りました。
会いたい、と。
町へ出かけていきました。
久しぶりに見る彼女はなんだか空っぽの感じでした。
淋しそうで、むりに元気を出しているみたい。
ファミレスでおしゃべりして、おれの部屋へふたりで来ました。
「なんだか、どうでもよくなっちゃった。ね、今夜は泊めて」
それがどういう意味かは子供じゃないんだからわかります。
茜は自暴自棄になっているようでした。
おれのことが好きだから抱かれにきたのではなく、投げやりで抱かれようとしている。
おれがもし物語の主人公なら、こう言うでしょう。
「だめだよ。自分をもっと大切にしろよ。おれ、君が本当におれのことを好きになってくれるまで待ってるからさ」
でもおれはそんな聖人君子なんかじゃない。
もうこの機会を逃すと彼女をモノにできないと思いました。
だから茜を抱きました。
避妊具は用意してありました。
でも、童貞の悲しさ、うまく挿入できなくて、もたついたあげくに、チンポの先が1センチくらい入ったところで果ててしまったんです。
恥ずかしかったですね。
茜にゴメンとあやまって、2度めに挑もうとしましたが、うまく勃起しませんでした。
結局、その晩はそれっきりでした。
でも、一度はそんな関係になったのだから、それから進展していくものと思っていました。
○その後のこと
でも、しばらくして茜から、「ごめんなさい」のメールが来ました。
おれはフラれたんです。
あとで仲間から話を聞くと、太田先輩とヨリを戻したということでした。
どうやら、東京の女にフラれた太田先輩が、茜に復縁を申し出た。
茜はそれに飛びついた。
そんなことだったらしいです。
やがておれは卒業し、彼女もできて、セックスもしました。
でも、おれの初体験は、あのとき茜とした、たった1センチの挿入だったと思っています。
こんなの、おかしいですかね。